Naturalmente, un manoscritto e Nota

この章は「私」がどうやって中世の写本を手に入れたか、そしてなぜイタリア語に翻訳することにしたのかが書かれていました。ソビエト軍のチェコ侵攻という歴史的事実と合わせて描かれ、あたかも現実にこの写本が存在するかのように書かれています。3ヶ月前くらいに読んだ部分でメモも残していなかったので、かなり曖昧です。(2日目の中盤の章まではメモを残していないので、今後もしばらくは曖昧な記述が続きそうです。)

pp.11-16

(要約)
1968年、私はValletという修道士が書き写した1冊の本を手に入れる。これは14世紀ベネディクト会修道院メルクのアドソの残した手記のフランス語版を元にした写本らしい。

ソビエトがプラハに侵攻したとき、私は命からがらプラハを後にする。しかしその混乱のさなか、この写本を無くしてしまう。

その後もずっとこの写本のことが頭から離れなかった私は世界中で探し続け、パリそしてブエノスアイレスでバージョン違いのものを発見する。

私はアドソの手記をイタリア語に訳すことにした。

アドソの手記は7日間の物語で、それぞれの日の出来事は聖務日課に対応している。各章のタイトルには3人章で要約が付記されている。これはアドソの記したものではなく、Valletが付け足したものと推測されるが、この物語の理解には有益だと思うので、私も省略せずこのまま残した。

 

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