Prologo

今日はプロローグ部分の要約をしました。この章は、「薔薇の名前」が扱う事件の起きた1327年当時の歴史的背景と、アドソがグリエルモの旅に同行することになった経緯、グリエルモの人となりについてなどが書かれています。この要約をするために改めて読んで、一回目の読書で読み落としていたことがたくさんあったことに気づきました^^;

このプロローグで触れられている「法王と教皇」「法王とフランチェスコ会」「ベネディクト会とフランチェスコ会」がどういう関係にあったかを分かっていないと小説も楽しめないかもしれません。それから歴史的事実や宗教上のことは決まった語句があるかもしれませんが、下記はイタリア語からの私の要約で、私の持ち合わせている語彙の範囲で書いたもので表現としておかしいところも多々あると思います。

pp.19-26

(要約)

メルクの修道院に暮らす私(アドソ)は今や人生の終焉を迎えつつあるが、1327年に経験したとある恐るべき出来事を記録しようと思っている。しかし具体的な出来事を語る前に、時代背景を記述する必要があるだろう。

【時代背景】

14世紀のはじめ、Clemente5世は法王庁をアヴィニヨンに移し、ローマは暴力、略奪、誘拐が絶えず荒廃していた。

1314年にドイツの5領主はLudovico di Babieraを神聖ローマ皇帝として選んだが、対立するグループはFederico d’Austriaも同時に選出し、二人の皇帝が存在していた。

1316年、Giacomo di CahorsがGiovanni XXIIとしてローマ法王に選ばれた。このフランス人の法王はフランス王に頭が上がらなかった。フランス王のFilippo il Belloは、教会騎士団(il cavalieri templari)の資産を没収したが、ローマ法王はこれを支持した。

イタリアではRoberto di Napoliがローマ法王にドイツの二人の皇帝を認めないように進言し、イタリア半島の支配者として振る舞った。

1322年、LudovicoはFedericoを破り、神聖ローマ皇帝は一人となった。ローマ法王はこのことで皇帝の力が増すことを恐れ、彼を破門した。逆にLudovicoはローマ法王を異端であると告発した。

ペルージャではフランチェスコ会の総会が開かれ、Michele da Cesenaは「 la povertà di Cristo」を宣言した(たとえ財産があったとしても、それは単に使う事を許されたのであって、所有しているのではない)。この決定はローマ法王には不都合であった。おそらくこのために、1323年、ローマ法王はフランチェスコ会のこの宣言を告発した。

Ludovicoは、ここでローマ法王とフランチェスコ会の対立の図式を目にした。またフランチェスコ会の「la povertà di Cristo」は神聖ローマ帝国の神学を補強するものだった。Ludovicoはイタリアに南下し、ミラノで戴冠されローマに向かっていた。

【アドソについて】

私(アドソ)はメルクのベネディクト会修道院の見習い修道士。父親はLudovicoに仕えている貴族で皇帝と行動を共にしていた。Marsilio da Padovaのすすめで、父親は息子をフランチェスコ会の修道士グリエルモのミッションに同行させることにした。

【グリエルモについて】

どのような任務をうけていたのかわからないが、彼は歴史ある修道院や町の訪問を続けていた。我々は北西に向かって旅を続け、これから語ることになるある修道院に到着した(それがどこかは明らかにしたくないが、皇帝派であって教皇派ではないところ)。グリエルモは内面も素晴らしいが、外見も注目をひく人物だった。年は50歳くらい。研究に没頭していることもあれば、ぼーっと無為に時間を過ごしたり、何かの薬草(麻薬)を口にしていることもあった。

Quando gli domandai di assaggiarne, mi rispose che, come per i discorsi, anche per i semplici ve ne sono di paidikoi, di ephebikoi e di gynaikeioi e via dicendo, così che le erbe che sono buone per un vecchio francescano non son buone per un giovane benedettino.

(試訳)
自分も試させてほしいとグリエルモにお願いすると、「会話に子ども向け、青年向け、女性向けとあるだろう。老フランチェスコ会修道士がうまいと思っている薬草が、若いベネディクト会修道士にとってもうまいわけではないんだ」と彼は答えた。

また、彼は時計、天体観測期、磁石などの機械を所有していた。私がイタリアで知り合ったフランチェスコ会修道士とは違って、グリエルモは大変な知識人であった。Ruggero Bacone(ロジャー・ベーコン)を師と仰ぎ、Occam(オッカム)は彼の友人であった。

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